農山漁村の郷土料理百選 食べてみたい!食べさせたい!ふるさとの味 人気投票!
大分県の候補料理一覧

このページに掲載されている料理は「農山漁村の郷土料理百選」選定時、 候補となった料理です。掲載情報は選定時(平成19年)に関係機関等から寄せられたもので、内容や画像についての個々のお問合せ対応は出来かねます。

農山漁村の郷土料理百選」選定料理は下記URLをご覧ください。
http://www.location-research.co.jp/kyoudoryouri100/recipe/selection/1

「農山漁村の郷土料理百選」との企画提携、及び郷土料理百選の選定料理(説明文、画像、レシピなど)に関しては、 ロケーションリサーチ株式会社(電話番号: 03-5244-9484)にお問い合わせください。

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001
あたま料理
魚の骨とうろこ以外はすべて食べてしまうという竹田市を代表する郷土料理。
起源は江戸時代初期のころと言われる。当時、魚は臼杵や佐伯から馬の背に乗せて竹田まで運んでいた。くじゅうや祖母山系に囲まれた岡藩の住民にとって、塩漬けしていない海魚は貴重な食材。一度の運搬でより多くの人が海魚を味わえるよう、内臓まで無駄なく食べ尽くす頭料理が生まれた。
交通手段が整った今でも、お祝い事のある時や正月などに食卓を飾る。
002
アユのうるか
日田地域で作られている代表的な郷土料理、アユのうるかは三種類。
内臓だけを原料とする「にがうるか」、真子と白子で作る「真子うるか」、身も使う「身うるか」。中でもアユを余さずに使う身うるかが盛ん。
うるかは、一年魚で取れる時季が限られるアユの保存法として生まれた発酵食品。 身や内臓を包丁などでミンチ状にして塩を加える。一週間ほど熟成させて完成。
003
鮎めし
「鮎めし」は中津市耶馬渓町の郷土料理。
かつては焼いたアユをいろりにつるして薫製にし、保存食にしていたう。鮎めしは、保存したアユをみんなで、おいしく食べるための先人の知恵。
鮎めしは塩焼きにしたアユを、米と一緒に炊く。アユ以外に具は入れない。味付けは、しょうゆのみ。「香魚」と呼ばれるアユの風味を最大限に引き出すには、この作り方が一番。
004
鮑腸
大分市戸次地区に伝わる郷土料理。
見た目はうどんのようだが、一本のめんの長さは2メートル以上あり、この長いめんをつゆにつけて食べる。
名前の由来は諸説あるが、戦国時代、アワビ(鮑)が不漁だった時に、大友宗麟の家来が小麦粉をこねてアワビの腸に似せたものを作ったら、アワビ好きの宗麟がとても喜んだというのが最も有力。
005
イギス
イギスは紅藻類に属する海草。赤茶けた髪の毛のように見えることから、「海髪」という漢字を当てはめることもある。採れるのは主に7月から9月。岩場に打ち上げられたイギスを拾ってきて天日で干せば長期間保存できる。食べる時には一度溶かし、豆腐のように固める。
地元の人にとって、イギスは子どものころから身近にある食べ物だが、今では真玉町でも小林(おばやし)地区周辺の海でしか採れなくなった。
006
いもきり
麦飯や粟(あわ)飯、そばきりなど、江戸時代から伝わる庶民の日常食の一つ。豊後高田市香々地町など、水田が少なかった沿岸部を中心に広まった料理。
いもきりは、サツマイモを日に干してつくるかんころ粉と小麦粉を混ぜて作っためんをゆで上げたものを言う。いもきりを盛ったお椀に汁を入れ、薬味と合わせていただくのが一般的な日常食。漁村を中心に広まった背景には、新鮮な魚のあらから、いいだしがとれたこともあるという。
007
石垣もち
各地に材料も作り方も似たもちがあり、熊本では「びっくりもち」、名古屋では「鬼まんじゅう」として親しまれている。
「石垣」の名前の由来については、別府市にある石垣地区の地名とも、さいの目に切ったサツマイモのごつごつした感じがまるで石垣のように見えるから、ともいわれる。
008
いとこ煮
日田地方の郷土料理。
「いとこ煮」は秋の収穫が終わり、一段落すると家庭で作る。もち米、アズキ、サトイモ、ダイコンなど、10、11月ごろに採れる旬の物を一緒に炊き、神仏に供え、家族で食べて収穫を喜び合う。
009
梅びしお
県内有数の梅の産地、日田市大山町の梅干しを使った嘗(な)め物(半固形体に調整した食品)。
町内を流れる大山川の上流域は林業が基幹産業。昔は伐採した杉を川に流して搬出する仕事に従事する人が多かった。防腐効果などに優れた梅びしおは常温で一年間、保存が利く。川で働く人たちには欠かせない調味料だった。
010
うれしの
かつて、大分県北部の杵築地方では鯛しばり漁が盛んでした。ある日、突然の城主の巡行に慌てた漁民たちは、獲れたばかりの鯛で作られた鯛茶漬けを差し出しました。すると殿様はそのあまりのおいしさに「うれしいのう」と喜ばれ、それが今日「うれしの」と呼ばれるようになったといわれています。鯛しばり漁とは、網にかかった鯛郡を巻き込み、次第に絡めていく漁獲法のことです。
011
お方ずし
大分市竹中地区に伝わる「お方ずし」。その昔、農繁期に入る前の「地獄入り」に、お方(庄屋)が「頑張ろうえ」と農家の人々に振る舞った。具は煮豆と焼きアジだけ。
012
お茶飯/おちゃまま
国見町岐部の上岐部地区の郷土料理。たっぷりのお茶で米を炊いたもの。
お茶飯は四百年ほど前から伝わる料理。当時、この地区にはため池がなかったため、米が思うように育たなかった。少ない米の量を増やすため、お茶で米を炊き、ふやかしていたという。
013
オランダ
オランダはナスとニガウリのみそ煮、国東地方で古くから地域の人に愛されてきた郷土料理。
ナスとニガウリは昔から、国東地方のどの家庭でも栽培されていた。8月に入ると収穫が始まるが、次々と実がなるため、処分に困ることもあった。大量にできたナスとニガウリを効率よく処理するために考案されたのがオランダ。
014
かしわ汁
地鶏とゴボウを使い、しょうゆと酒で味付けした汁物。山に囲まれた湯布院町では、魚を使った吸い物よりも、この「かしわ汁」が親しまれている。
昔は祝い事や親せきが集まるときに振る舞うごちそうだった。
015
かちエビちらしずし
漁師町、宇佐市長洲の郷土料理。地元の人は「エビちらし」と呼んで親しんでいる。主役は周防灘で取れる体長10センチほどのアカエビで、これを干したものが「かちエビ」。
エビちらしはかちエビとニンジン、乾シイタケ、タケノコなどを煮た具とすし飯を混ぜ合わせて作る。季節の野菜や海産物を加える。祭りなどの「晴れの日」の料理。
016
がめ煮
「がめ煮」は博多では筑前煮とも呼ばれるが、日田市天瀬町の郷土料理。
名前の由来は、博多弁でいろいろな物を交ぜる意味の「がめ繰り込む」からだといわれている。肉と野菜がいっぱいのもてなし料理で、名前と一緒に天瀬地方まで伝わってきた。
017
川魚の甘露煮
宇佐市安心院町でしか食べられない、知る人ぞ知る一品。
オイカワ、カマツカなどの川魚の甘露煮は生の時の姿をきれいに保ち、ほんのりあめ色。頭から口に入れると、ほろりと身と骨が崩れる。じわっと出てくる甘露煮独特のうま味。魚の香りが印象的。
018
がん汁
宇佐市内を流れる駅館川などで取れたモクズガニを使う。秋から春ごろまでがおいしいとされる、宇佐市の代表的な郷土料理の一つ。
カニは包丁でぶつ切りにした後、ミキサーで細かく砕いて、殻から身や内臓を汁の中に出す。汁に熱を加えると、タンパク質などの成分がふわふわとした固まりになって浮かび上がる。昔ながらの調理方法では、カニをつぶすのに、もちつきの石臼ときねを使う。
019
かんくろだんご
佐伯市直川などの郷土料理。
「かんくろ」は漢字で「甘古呂」と書き、地域によっては「かんころ」と読む所もある。サツマイモの皮を細く切り、半ゆでにして乾燥させた切り干しのこと。
020
ぎーぎーだんご・どしもち
大分市佐賀関町、ミカンで有名な一尺屋に古くから伝わるイモの粉のおやつ。
こねたイモの粉にグリンピースを混ぜて作るのがぎーぎーだんご。どしもちはあんの代わりに薄切りのサツマイモをくるむ。手でぎゅっと握って作るからぎーぎーだんご。中身も外側もイモ同士の「同士もち」がどしもちの名前の由来。
021
きじめし
玖珠郡の郷土料理。
鶏肉と比べるとタンパク質が多く、脂質は少なく、カロリーは約半分というヘルシーな食材、キジ肉。リン、カリウムなどのミネラルを多く含み、必須アミノ酸も豊富。
022
黄飯(きめし・おうはん)
臼杵は古くキリシタン大名の大友宗麟が開いた町です。黄飯については、かつては戦勝を祝う料理であったとも、大友宗麟と交易のあったイスパニア人が伝えたものでパエリアが原型とも、諸説あります。黄飯だけで食べるのではなく、かやく(けんちん汁に焼いたエソの身を加えたもの)をかけて頂きます。色の鮮やかさと、素朴な味わいを楽しむ物です。臼杵地方では古くから伝わる料理で、大晦日には必ずこれを作る習慣があるそうです。
023
きらすまめし
きらすまめしとは野菜にきらす(おから)をまめしたおから炒りのこと。季節の野菜を油で炒め、いりこだしと砂糖、醤油で味付けし、これにきらす(おから)を加え炒めます。
024
栗もち
佐伯市本匠に伝わる、秋の味覚が満喫できるおやつ「栗もち」。
栗もちはサツマイモを練り込んだもちの上にクリを載せ、サンキライの葉で挟んで蒸したおやつ。クリが手に入る9月から12月ごろまでの季節限定。
025
クロメ料理
クロメは高島周辺の潮の流れが速い浅瀬で採れる。アワビやサザエの餌にもなるため収穫量や漁期が決まっており、許可された人だけが採ることのできる大切な食材。冬の味覚。
刻んだクロメに湯を掛け、三杯酢(酢、砂糖、しょうゆ)を合わせると「クロメの酢の物」。温めた調味料(だし汁と合わせしょうゆ、砂糖)にクロメを入れ、混ぜて粘りを出すと「クロメのしょうゆ漬け」の出来上がり。好みでいりごまや削り節を加えてもいい。熱いご飯に載せ、包むようにして食べるのが絶品。
026
けんちん
国内で初めて中国料理の解説書「卓子式(しっぽくしき)」を著した江戸時代の医者田信が伝えた中国料理「巻蒸(けんちん)」に由来。
中国料理の巻蒸は、鶏肉やシイタケなどの食材を刻んであんを作り、湯葉で巻いて蒸したり揚げたりしたもの。キクラゲや小麦粉、くずを材料に使い、蒸すという手法はけんちんと一緒だが、こちらは甘くない。中津の「けんちん」は田信の伝えた巻蒸をヒントに、人々が少しずつ今のような菓子に改良したものと推測される。
027
子育てだんご汁
小麦粉を練って作っただんごと季節の野菜が入ったみそ味の汁物「だんご汁」は、大分の郷土料理の一つだが、玖珠地方の「子育てだんご汁」は出産直後の女性に食べさせるもの。
昔から、もち米は「母乳の出が良くなる」と言われている。だんごの形は土地によって異なるが、玖珠の丸いだんごは赤ちゃんが丸々と丈夫に、円満な人柄に育つようにとの願いが込められている。産後の母親に食べさせるため、必ずサトイモの茎を干したずいきを使う。
028
ごまだしうどん
「ごまだし」を使ったごまだしうどんは、海の町、佐伯市が生んだ風味豊かな郷土料理。ごまだしの材料は、ごまと白身魚のエソ。基本は、エソの身を焼いてすりつぶし、しょうゆとごまを混ぜる。ごまだしうどんは、このごまだしをゆでためんに乗せるだけ。お湯を注げば出来上がる。
エソを生かしてごまだしを作ったのは、漁師の家が始まり。漁の多いときに作っておけば保存が利き、調理は簡単。いわば「伝統のインスタント食品」。
029
こんにゃく料理
緒方町中心部から南に車で約十分ほど。谷あいの小さな集落に「緒方町南部地区こんにゃく生産加工組合」の加工所がある。平石と上犬塚、馬背畑の三地区の住民約80人がコンニャクイモの生産から加工、出荷まで携わる。
030
酒まんじゅう
畑作が盛んな豊肥地域には、麦で作った料理やお菓子が豊富。中でも「酒まんじゅう」は清川村を代表する食べ物。以前はお盆に食べるのが一般的だったが、蒸し上がった酒まんじゅうを食べると体が温まるため、冬場も好んで食べられる。
031
サバの姿ずし
県内の沿岸部には、近海で取れる豊富な魚介類を使ったいろいろな郷土料理があるが、新鮮なサバを丸ごと使う姿ずしが海から遠く離れた日田市大山町にある。
海から遠く、無塩の魚がめったに食べられなかった昔の人の知恵が生んだ、もっぱら客人が来たときのもてなし料理。サバずしの本家は京都。日田地方が天領だったことから、こうした優れた食文化が伝えられたとも言われている。
032
さぶろう鍋
シシ肉、サトイモ、こんにゃく、シイタケと
ネギの5点セットをみそ仕立てにしたもの。郷土の武将・緒方三郎惟栄(これよし)が活躍したとされる源平の時代にもあった材料を使った料理で、20年程前に始まった。
033
椎茸まんじゅう
大分県を代表する農産物・乾シイタケや安全安心な新鮮野菜をふんだんに使った「椎茸(しいたけ)まんじゅう」。
玖珠町古後地区で、林業に関する活動を通して地域おこしをしている「古後婦人林業研究グループ」(原田美幸会長、六人)が、シイタケを使った郷土料理として1998年に考案したオリジナル料理。
034
じらめと干飯
「じらめ」とは米やもち米、いもなどを使っ
て作る水あめのこと。作る人は少なくなったが、甘い物がぜいたく品だった昔から、玖珠地区で作られ続けてきた。
じらめは「地あめ」がなまった言葉。冬の寒さが厳しい飯田高原で、じらめ作りは高齢者の冬仕事だった。
035
じり焼き
クレープのような、小麦粉と塩やたまご・牛乳などを混ぜた生地を、薄くフライパンで焼き、黒砂糖を包んで食べるおやつです。
036
シロウオ料理
県南の温暖な地、佐伯地方には昔から早春にぴったりの食材として、番匠川河口の伝統のやな漁で捕獲されるシロウオがある。料理は、何といっても躍り食いで知られる。
だしで割った酢に生きたままのシロウオを入れて、かまずにのみ込む。口の中で遊ばせ、のど越しを楽しむ。おいしいと実感する前にするりとのどを通る独特の食感が楽しい。
037
しんちょき餅
リアス式海岸が続く四浦半島の南岸にある佐伯市上浦は平野部が少なく、昔から、海からせり上がる斜面に段々畑を造り、イモや麦を育ててきた。サツマイモでつくる「しんちょき餅」は人が集まる祝いの席に出したり、子どものおやつとして昔から各家庭で作られてきた。
038
大豆入りあみめし
豊前海で捕れたオキアミを、米と一緒に炊き込むという宇佐市の素朴な漁師料理。手軽に作れるうえ、アミノ酸や酵素などをたっぷり含んでいて栄養価はすこぶる高い。
039
大豆の竹巻焼き
本耶馬渓町西谷地区に伝わる幻の一品。
一言でいうと大豆の「きりたんぽ」。
ペースト状につぶした大豆、小麦粉、蒸したクリ、すりおろしたニンジン、塩などを混ぜ合わせ、耳たぶほどの固さに練ったら、太さ二センチほどの若竹に均等に巻き付ける。炭火の上でコロコロと転がしながら約30分。全体に焼き色がつけば出来上がり。
肉や魚が手に入りにくかった時代、大豆は畑の肉として重宝された。この地域では大豆の保存食として生み出された。
040
鯛麺
キツネ踊りやクルマエビで有名な姫島村の郷土料理。うどんの上に、瀬戸内で取れたタイを丸ごと載せた、漁師の島らしい男っぽい料理。
鯛麺は結婚式で両家の親族が初めて「対面」する時に出されていた、めでたい料理。昔の人が対面と「タイとめん」をかけて名付けたという。
041
高菜巻きずし
20数年前、地元食材を生かした新たな料理を作ろうと、地元の農村女性が開発した。すし飯に山芋、納豆、ワケギ、梅肉、ワサビを載せ、まきすで太巻きにする。全体を覆うのはノリではなく、高菜の漬物。
042
竹田田楽
田楽はもともと、平安時代から伝わる田植え踊りのこと。田楽を踊る芸能人が高足(竹馬)に乗って踊る姿が、竹ぐしに刺した豆腐によく似ていることから、その名が付いた。
田楽料理は各地にあるが、竹田では天保年間の古文書に記されている。シイタケやサトイモなど田楽に使う食材は豊富だが、主役はやはり豆腐。竹田は昔から大豆の産地。大豆が岡藩の財政難を救ったという記録もある。
043
たらおさ
日田地方ではお盆になると、どこの家庭の食卓にも上る。たらおさはタラのえらとはらわたを干した物。
水で戻し、干しタケノコやゴボウなどの根菜類の具にショウガと酒、しょうゆ、砂糖を加えて煮る。
044
茶台ずし
フジの花が咲き、タケノコが出回るころになると、市内の各家庭の食卓を彩ったといわれる、臼杵市の伝統的なもてなし料理。
殿様のお茶を載せる台に見立てたとか、農家の縁台で食べていたからとか、名前の由来には諸説ある。普通のにぎりずしは、たねが上だけにあるが、茶台ずしはすし飯の上下に付くのが特色。
045
つっぱり
上浦は南に佐伯湾、北の背後地に山があり、狭い土地に多くの家が密集する地域。戦後間もない時期には、山の頂上近くまで広がる段々畑で芋を育て、芋粉を作った。
つっぱりおろしは、羽子板のような形と大きさをした木製の料理道具。小さな穴がたくさん開いた鉄板を中央部に張ってある。練った芋粉の固まりを鉄板の上に置き、力を込めて相撲の”突っ張り”のように押し出す。すると、穴から麺(めん)状になった芋粉が出てくる。
046
手延べだんご汁
特に竹田の方では小麦粉を塩水で練り、親指ほどの大きさの団子にします。濡れ布巾にくるみ、30分ほど寝かせると50センチほどに伸びます。真ん中から縦に裂くと断面に厚みや薄い箇所が出来て、歯触りが最高。いりこだしの味噌仕立てで、野菜は冷蔵庫の余りもので美味しく出来ます。
047
どじょう料理
グリーンツーリズムの先進地として、都会から癒やしを求めて多くのお客が訪れる宇佐市安心院町。宿泊客には地域伝統のドジョウ料理が出される。
戦中や戦後には、田植えが終わり、夏に田んぼを干す際、土の中に潜っているドジョウを捕り、貴重な栄養源として食べられていた。ドジョウ汁は、食材としては珍しいサトイモの茎と一緒に煮込む。ドジョウ鍋は、ネギと合わせる。
048
とっきんずし
珍しい名前が付いたこのいなりずしは日田市津江地方の郷土料理。
「とっきん」とは頭巾を意味する言葉。津江地方の祭りでは近所の人たちが重箱を持
ち寄って交流を深めるのが習わしで、昔は必ずといっていいほど、このとっきんずしが入っていた。
049
鳥(とり)天
大分県の鶏肉の消費量は日本一です。とり天は大分の食卓にかかせない県民食です。市内のあちこちに「とり天屋」がありますが、お店によって味付けが異なっているので、食べ比べてみるのも楽しいです。
050
鶏汁
玖珠九重地方の郷土料理の鶏汁(けいじる)。鶏肉とゴボウ、こんにゃく、レンコン、サトイモなどを砂糖やしょうゆなどで煮る料理。
昔は盆や正月、祭りなど人が集まる時には欠かせないごちそうだった。家で飼っている鶏と、家にある野菜で作る最高のおもてなし。
051
とりすき
牛肉の代わりに鳥肉を使ったすき焼き。竹田市荻町以外ではあまり知られていないが、町の人にとってはおなじみの料理。
以前はニワトリを放し飼いにしている農家が多く、戦前や戦後の食料難の時期に、栄養源として頼っていたのが鶏卵と鶏肉。祝い事などがあると鳥肉ですき焼きを作っていた。
052
鶏めし
漁師がキジや鳩の肉で作ったのが始まりと言われています。昔はハレの日や、さな
ぶり、来客があった時などに作られていました。
053
のっぺ汁
「のっぺ汁」は中津市山国町に伝わる精進料理。肉類は一切入れず、具は野菜だけ。「のっぺ」という名前は野辺送りの「のべ」から取ったのでは言われる。
昔から葬式は地区の人が協力して出す。精進料理を作るのは女性の仕事。遺族の家に集まり、白あえや酢あえなどを作る。のっぺ汁はその一つ。今でもこの習慣は続いている。
054
ハモちり
最もおいしいと言われているのが長さ1.2〜1.3メートルくらいのハモ。市場で競りに掛ける時に使うトロ箱に入れると「つ」の字になるほどの大きさで、中津のハモは「つの字鱧」の商標で登録している。
旬は夏と冬。夏は「梅雨の水をくぐっておいしくなる」と言われ、ハモしゃぶや照り焼きにして食べる。冬はハモちり。白菜や春菊など旬の野菜と一緒に鍋にする。
055
ひじき飯
豊後水道に浮かぶ津久見市保戸島。遠洋マグロ漁業の基地として知られるが、島の周囲は魚介類の宝庫でもある。その海の豊かさを生かした料理が保戸島の一般家庭でよく食べられるヒジキ飯。
ヒジキとご飯を混ぜたものではなく、アジのすり身、モイカ、サザエ、かまぼこなど海の幸に加え、ニンジン、高野豆腐、油揚げ、ゴボウ、シイタケなど具だくさん。
それぞれの素材の味がご飯に染み込んでうまく調和している。
056
冷や汁
冷や汁は鎌倉時代に宮崎県で生まれたと言われるが、県内でも沿岸部を中心にいろいろな料理の仕方が定着しており、今では大分県の郷土料理となっている。
佐伯市蒲江では、その日の朝に水揚げされた魚をあぶり、ほぐした魚の身をすり鉢ですり、みそとだし汁を加えて混ぜる。これに薬味を載せると出来上がり。氷で冷やし、ご飯にかける。
057
ひゅうが丼
新鮮な魚が水揚げされる県南地域で、魚を生で食べる方法と言えば、刺し身のほかにりゅうきゅうがある。遠洋マグロ漁の基地として知られる津久見市の保戸島では、同じ料理を「ひゅうが」と呼ぶ。
魚はブリやサワラ、アジなど。新鮮で、脂が乗っていればなおいい。刺し身を作ったときに余った身の切れ端なども使う。保戸島では、祝い事などみんなが寄り合えば、ひゅうがを作る。
058
ブリのあつめし
蒲江町や米水津村では、りゅうきゅうのことを「あつめし」と呼ぶ。元来は、漁船の上で手軽に食べることができる漁師の賄い料理。
薄く刺身をひいて醤油ダレにつけ込んだブリを丼飯にのせ、薬味を添える。好みでお茶かだし汁をかけて食べる。
059
ぶんご合鴨めしと鴨汁
国宝・富貴寺で知られる豊後高田市蕗地区。田園風景が広がる山あいの地の稲作を支えているのがアイガモ。水田の害虫を食べ、農薬いらずで付加価値の高い「合鴨米」は、地域の収入を支える。
しかし、地元での主な用途は食用。肉、地元の野菜、ご飯を一緒に炊き込む「ぶんご合鴨めし」は市内のお祭りなどで観光客に出される名物料理。
060
ぼげ汁
集魚灯やまき餌で魚を網に誘い込み、すくい上げて捕獲する棒受(ぼううけ)網漁。鶴見町では大正時代まで海面を棒でたたいて魚を網に追い込んでいたが、棒受網漁の船上で食べていたことから、この名前が付いた。
昔は土佐沖まで漁に出ていた。いったん漁に出ると、しばらくは家に戻れないため、サツマイモやみそなど保存できる食料を船に積み込み、漁で捕れた新鮮な魚とともに船上で調理していた。
061
巻狩鍋
久住町の郷土料理、巻狩鍋の歴史は古い。町内の猪鹿狼(いから)寺所蔵の文献によると、源頼朝の命で梶原景高が1187(文治3)年、阿蘇から豪族を連れてこの地に入り、巻き狩り(四方から取り巻き、獣を追いつめて捕らえる猟)をした。一帯は殺生禁断の地で、イノシシが多く捕れたという。巻狩鍋は冬場の貴重なタンパク源として猟師に受け継がれてきた。
062
松岡ずし
大分市松岡地区に伝わる郷土料理「松岡ずし」の特徴は、身の中まで白くなるほど酢で強くしめた魚。甘酢を効かせ強く握ったご飯の上に、酢でしめて甘酢をくぐらせたアジの切り身を載せる。
全体を青ジソで巻き、おろしショウガとゴマを少々。よく効いた酢と塩、砂糖のバラ
ンスが絶妙で、薬味のおかげで魚の臭みも感じない。
063
丸ずし
豊かな恵みをもたらす豊後水道に抱かれた佐伯市米水津の伝統料理。名前の通り、小アジを丸ごと一匹握ったすし。
正月や祭りで人が集まるときや、遠くからお客さんが来るときにはどの家でも必ず作る。
064
みとりおこわ
みとりおこわは宇佐市長洲地区などで、お盆の時期に初盆家庭を中心に食べられ、近所や親せきにも配る風習が残っている。ほんのりと赤紫に色づき、蒸し上がったおこわの中には、あずきに似た約1センチ大の黒い「みとり豆」がちりばめてある。豆の皮にはほどよい弾力があり、中身は軟らかい。
おこわと一緒に食べると、もち米の軟らかさと、豆皮の歯応えが楽しい。みとり豆は、マメ科の一年生作物である「ササゲ」の一種。
065
武者汁
杵築市の美濃崎漁港で毎月第2、第4土曜日にに開かれている「美濃崎漁師市」。港に水揚げされた海産物を直販し、地元の女性らが試食用に魚料理を振る舞う。「武者汁」もその一つ。魚のすり身天ぷらと野菜が入ったみそ汁。
066
めがね菓子
めがね菓子は小麦粉、砂糖、水あめなどを練り合わせ、生地を名前の通り、眼鏡のように丸い輪の形にして焼いた菓子。
宇佐市では「おせったい菓子」とも呼ばれ、親しまれている。毎年4月21日は「おこぼさま(弘法大師)の日」として、寺や家庭で用意され、訪れた人に振る舞う風習が残っている。
067
物相寿司(もっそうずし)
中津市三光(旧三光村)には数百年の歴史を持つ「物相寿司」がある。押しずしの一つである物相寿司は、毎年4月10日に開く金比羅祭をはじめ、神事の後の膳を彩る格調高い料理。
金比羅神社の氏子を含め、田口地区の人たちの間で受け継がれてきた。神社は1827(文政10)年の建立。米も野菜も地元で採れた物を使う。材料を細かく切り、味を付け、すし飯に混ぜる。代々伝わるヒノキ製の物相箱に詰め、押しぶたで上から力をかける。
068
焼きタケノコ姿ずし
竹林が多い竹田市九重野の郷土料理。
焼きタケノコをゆがいて軟らかくし、煮た鶏肉やシイタケ、グリーンピースなどを混ぜ込んだすし飯を詰めると出来上がり。適当な大きさに切り、一口で食べる。
069
やせうま
太めの平麺状に手延べした小麦粉団子をゆでて、きな粉と砂糖または黒砂糖をまぶしたもの。
由来は平安時代、乳母の八瀬が若君に出したおやつを気に入られ「八瀬、甘甘(やせ、うまうま)」とおねだりされたことからという説と、米粉で馬の形のおやつが作られていたのが小麦粉になり、平麺状に細長くなったため、「やせうま」とされた2説があります。
070
山芋のおとし汁
近くの山で採れる山芋、家の庭で飼っている鶏、畑のゴボウ―身近にある食材三品を使った料理。車も電気もない時代、山々に囲まれた野津原地域で、よそからのお客をもてなすために生まれたのが「おとし汁」。一口程度の量の山芋を取り、鍋に「落とす」。料理はこの作業から名付けられた。
071
柚子釜
柚子(ゆず)釜は、ユズの果肉の部分をくりぬいて器として使う料理の総称。
院内町は西日本で有数のユズの産地。70戸が年間約270トンを農協へ出荷している。
072
ゆでもち
県内には小麦粉で作るいろんな手づくりおやつがあるが、竹田市の名物と言えば「ゆでもち」。昔は田植えなど忙しい農作業の合間に食べた。
薄く平らな生地の端から端まで、あんが入っており、かじると口中に甘みが広がる。特にゆでたては香りも食感も格別。最近は大分市などのショッピングセンターでも売られる人気商品。
073
よしのみ
神様、仏様のための神聖な料理。もち米、うるち米、小豆、麦など四種類の穀物を炊いたもので、家庭内の神棚や仏壇、集落のお地蔵様にささげる。
水田が広がる中津市の沖代平野一帯で、この伝統をもつ集落を点々と見つけることができる。小正月に執り行う神事が起源とされ、その歴史はさかのぼれないほど古い。
「よしのみ」とは、「四つの実(穀物)」のこと。冒頭の四品が典型的な例だが、麦がなければアワを使うなど、とにかく四種類の穀物を合わせることに意味がある。
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りゅうきゅう
さば、あじ、ぶりなどの季節ごとの魚の切り身をしょう油ダレ、薬味、ごまと合わせた漁師料理です。南部沿岸の地域ではご飯にのせ、茶漬けにしたものを温飯と呼んでいます。
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ワカサギ料理
ワカサギはよく知られる川魚だが、九州で生息数が多いのは竹田市の芹川ダムと佐伯市宇目の北川ダム。竹田市直入町ではワカサギ料理の代表といえる天ぷらと南蛮漬けがつくられている。
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わさび料理
山奥の清流に沿ってワサビが自生する日田市前津江、中津江、上津江にはかす漬け、しょうゆ漬けなどの伝統的なわさび料理のほか、「葉巻ずし」や「わさびまんじゅう」などオリジナル料理も作られている。
 
 
 
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